ジェームス・イングラム

友情が生む音楽

James Ingram

“Come and Join Us”は、グラミー賞受賞のアーティスト、ジェームス・イングラムとロイ・サクマの共作によるウクレレフェスティバルのテーマ曲。ジェームス・イングラムの4回目のフェスティバル参加となった2004年にCDリリースされ、発表されました。「ウクレレの音色と魅力には愛と魔法があふれている、ウクレレフェスティバルへようこそ...」とメッセージを送っています。

2人のアーティストの出会いは、10年ほど前にさかのぼるハワイ大学キャンパスの陸上フィールド。ロイはランニングを、ジェームスはトレーニングを終えたときでした。誰にでも気軽に話しかけていく性格のロイは、ジェームスがそのときハワイで行われる全米プロフットボールのオールスター試合「プロボウル」のゲストパフォーマーとしてハワイを訪れているアーティストとは気づかずに話しかけ、会話が弾んたジェームスと彼の家族をサンセットディナークルーズに招待したのでした。

ロイはその後、プロボウルの全米中継を観ようと帰宅。そのハーフタイムショーに現れたのはまさに出会ったばかりのジェームスでした。驚いて、妻のキャシーに「今日会ったのは、この人だよ!」と言うと、キャシーは「ロイが世界的ヒット曲 “Just Once”や “How Do You Keep the Music Playing?” 、 “I Don’t Have the Heart”で知られているジェームス・イングラムだと気づかなかったことの方に驚いた」と話しています。気さくでアロハスピリットに溢れるジェームスの人柄が2人の友情を開花させていきました。

サンセットクルーズで、ジェームスはウクレレフェスティバルのこと、800人以上の子どもたちがウクレレオーケストラとしてパフォーマンスをすること、そしてそれがすべて無料で行われる音楽イベントであることをロイから聞き、感銘を受けました。次のフェスティバルにゲストで参加したいと話し、その場でブッキングマネージャーにスケジュール調整を申し出ました。

James Ingram and Roy Sakuma in 2000

陸上フィールドでの出会いから1年、ジェームスは約束どおりウクレレフェスティバルで子供たちのウクレレの伴奏に合わせて、大ヒット映画のテーマ曲“Somewhere Out There” を歌っていました。その後もジェームスはウクレレフェスティバルの常連ゲストとなり、ロイは今でも「なぜジェームス・イングラムの出演交渉ができるのか」と不思議がられているです。

ロイとキャシー夫妻は、ジェームスと妻のデビーとの友情、そして彼らの6人の子どもたちとの家族ぐるみの付き合いを「宝物」と称しています。アメリカ音楽業界のトップアーティストであり、レイ・チャールズ、クインシー・ジョーンス、マイケル・ジャクソン、マイケル・マクドナルド、リンダ・ロンシュダッド、パティ・オースチン、キャロル・B・セイジャー、ドリー・パートンなどの世界の名だたるアーティストたちと共演するジェームスが、ウクレレフェスティバルを大切にしてくれていることを「夢のよう」と話しています。

ロイとキャシー夫妻は、ジェームスと妻のデビーとの友情、そして彼らの6人の子どもたちとの家族ぐるみの付き合いを「宝物」と称しています。アメリカ音楽業界のトップアーティストであり、レイ・チャールズ、クインシー・ジョーンス、マイケル・ジャクソン、マイケル・マクドナルド、リンダ・ロンシュダッド、パティ・オースチン、キャロル・B・セイジャー、ドリー・パートンなどの世界の名だたるアーティストたちと共演するジェームスが、ウクレレフェスティバルを大切にしてくれていることを「夢のよう」と話しています。

アーティスト、作詞作曲家、プロデューサーであるジェームス・イングラムはこれまで30年に渡る活動の中でグラミー賞に17回のノミネートを受け、そのうち1981年には“One Hundred Ways”で最優秀R&B男性ボーカル賞、1984年にはマイケル・マクドナルドとのコラボ曲“Yah Mo B There” で最優秀R&Bボーカルグループ賞を受賞しています。また、マイケル・ジャクソンの歴史的ヒットアルバム「スリラー」では、世界的ヒットとなった“P.Y.T. (Pretty Young Thing)” を共作しています。

ロイとジェームスの友情は、2つの家族にもウクレレフェスティバルにも大きな影響を与えてきました。バカンスをともに過ごし、ときには曲づくりについてを語り合い。2003年、ジェームスがホノルルシンフォニーでのゲストパフォーマンスを終えた後、2人はスタジオに入り、ジェームスがピアノを弾き、ロイがウクレレを手に曲作りがはじまりました。

ロイはそのときのことを「とても自然にジェームスが歌詞を歌い始めました」と話しています。2人がスタジオにいたのは2時間足らず。ウクレレフェスティバルのテーマ曲は、こうして2人が出会い、そのままごく自然に、生まれるべきして、生まれたのです。